高野山女人道(女人堂~中の橋駐車場)

女人堂
女人堂

 

 女 人 道 とは

 

昔高野山への入り口は、高野七口と言われるように七つの入り口がありました。不動坂口、大門口、龍神口、相浦口、大滝口、大峰口、黒子口、です。明治五年女人禁制が解かれるまで、高野山に入れない女性のための参籠所がそれぞれ七口に設けられました。のちに女人堂となり、今では現存する唯一の女人堂となった不動坂口女人堂です。女性達は、この七口を結ぶ八葉蓮華の峰々を巡る女人道を辿り、遠くから堂塔や奥ノ院御廊を拝んで回られたと伝えられています。この道が高野山女人道です。

嶽弁天
嶽弁天

 

  嶽 弁 天

 

弁天岳山上に祀られているのが、嶽弁天です。

弘法大師が天川弁天社より勧請したと伝えら

れています。その昔、妙音坊という天狗が一

本杉に住んでいて、嶽弁天を守護していたと

伝えられています。 

助けの地蔵
助けの地蔵

 

 たすけの地蔵 

 

高野に住むおじいさんが熊野辻を歩いていると助けを求める声がしました。声の方向をさがすと谷に地蔵が落ちていました、引き上げて道脇に安置しましたが、人通りも少ないので高野山に連れ帰り、龍神口に近い今の場所に祠を建て供養しました。願い事は一度だけ叶えてくれるそうです、

御礼は丸い物を供えると良いそうです。ここから

大門と同じく、夕日は大変綺麗です。

相浦口女人堂跡
相浦口女人堂跡

 

 相 浦 口

 

相浦口女人堂跡です。

テレビ中継塔からの大塔
テレビ中継塔からの大塔

 

  テレビ中継塔付近(946m)

 

ここは見晴らしが良く左側、北西に外八葉の弁天岳が見えます。また正面には根本大塔が見えます。右側には伯母子岳や護摩壇山そして遥か彼方に果無山脈の山並みが開けます。まさに熊野への大パノラマです。

轆轤峠
轆轤峠

 

  轆轤峠 大滝口

 

轆轤峠、大滝口女人堂跡です。ここは世界遺産熊

野参詣道小辺路の発着地点です。ここから真別処

分技までは、女人道と小辺路は並行しています。

 女人道を辿ってきた女性達は、大塔や金堂を拝もうとろくろ首のように首を伸ばしたと言われている。轆轤峠の名の由来です。

真別処
真別処

 

  真 別 処

 

真別処は正式には、円通寺と言います、大師十大弟子の一人、智泉大徳の開基と伝えられている、その後、俊乗房重源により再興、不断念仏の本拠とした。別処とは念仏聖の集まっている処をいう。その後、江戸時代、山口修理亮重政が真言律の道場として再々興した。以来戒律厳しい寺として、現在はこの寺に事相講伝所が開かれ、修行僧を育成しています。年に一回、佛生会(お釈迦様誕生日)には寺内で甘茶がふるまわれ、一般の入山が許可される。門前には、石碑があります、左側は{不許葷酒入山門}(くんしゅ、さんもんに、いるを、ゆるさず)くさい物(ねぎ、玉ねぎ、にら、にんにく)や酒を持ち込む事を禁じている。昔は{不許葷酒尼女入山門}となっていて女性の入門を禁じていたそうです。右側は{大界外相}(だいかいげいゆう)「大界」仏の世界「外相」俗世界、戒律を守る律院と、俗世界を分ける結界を表す結界石です。 

大峰口女人堂跡
大峰口女人堂跡

 

  大 峰 口 

 

ここは、大峰口女人堂跡です。昔はこの場所に五大尊堂が有りました、五大尊堂には、不動明王、大威徳明王、隆三世明王、軍茶利明王、金剛夜叉明王、が祀られていました。東口、大和口又は大峯口とも呼ばれ、吉野より大峰山、洞川、天川を通り高野山へとつながる修験道の道で、弘法大師が高野山へ始めて入ったのもこの道ではないかと言われています。

 

 【吉野より南に行くこと一日、更に西に向かって去ること両日程にして、平原の幽地有り、名づけて高野と日う。】お大師様の言葉です。   

高野山に入れなかった女性たちが辿った女人道を、語り部と歩いてみませんか。

興味のある方は、ご利用案内をお読み下さい。

 

 

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   門 谷  均

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金剛三昧院の石楠花
金剛三昧院の石楠花

高野山開創1200年記念事業として再建された中門です。

中門に安置された四天王です。

持国天、多聞天、増長天、広目天